神戸地方裁判所 平成6年(ワ)1168号 判決 1996年12月24日
原告
松山哲一こと金哲一
ほか五名
被告
木村栄輔
主文
一 被告は、原告らに対し、それぞれ金五八二万五二九二円及びこれに対する平成四年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の、その余を原告らの各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、それぞれ一〇二七万〇〇九四円及びこれに対する平成四年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた承継前の原告亡松山美代子こと髙末南(以下「髙末南」という。)が、被告に対して民法七〇九条に基づき損害賠償を求め、髙末南が本訴提起後の平成八年一月四日に死亡したため、いずれも同人の相続人である原告らが訴訟を承継した事案である。
なお、付帯請求は、本件事故が発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
二 争いのない事実等
1 本件事故の発生
(一) 発生日時 平成四年一月一四日午前七時五五分ころ
(二) 発生場所 神戸市長田区前原町一丁目二一番一一号先路上
(三) 加害車両 被告運転の普通貨物自動車(神戸四五ふ五九二〇)
(四) 被害車両 髙末南運転の自転車
(五) 事故態様 被告が、加害車両を運転中、前記本件事故発生場所に停車して運転席のドアを開けたところ、後方から被害車両に乗つて進行してきた髙末南(大正一四年九月二三日生、当時六六歳)がそのドアに衝突した。
2 被告の責任原因
被告には、後方の安全を確認しないまま運転席のドアを開けた過失があるから、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。
3 髙末南の受傷内容
髙末南は、本件事故により、急性硬膜下血腫、脳挫傷、頸部捻挫の傷害を負つた。
4 治療経過、生活状況、後遺障害及び死亡結果等
(一) 髙末南は、平成四年一月一四日から同年六月五日まで医療法人栄昌会吉田病院(以下「吉田病院」という。)において、右同日から同五年四月三〇日まで神戸リハビリテーシヨン病院において、右同日から同八年一月三日まで医療法人光明会明石病院サラモーレ(以下「サラモーレ」という。)において(ただし、右期間のうち、同五年八月二五日から同年一〇月三〇日及び同七年一〇月一七日から同月三一日は吉田病院において〔甲第一一号証の一、二、弁論の全趣旨〕)それぞれ入院治療を受けた(入院日数合計一四五一日)。
(二) 同人は、前記傷害により、言語機能を喪失したほか、食物摂取に代えて鼻腔から人工栄養を吸入し、排便等も自力では不可能で、全く寝たきりの準植物人間状態となり、平成六年初めころ、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号に該当する旨認定された。
また、同人は、前記傷害による広範囲の左脳障害のため意思表明が全くできず、著名な改善を期待することはほとんど不可能と思われたことから、同年三月八日、神戸家庭裁判所において禁治産宣告を受けた。
その後、同人は、肺炎を発症し、同八年一月四日、死亡した。
5 支払
髙末南らに対し、本件事故に関し、合計六三七〇万四六九八円が支払われた(乙第一号証の一ないし八、髙末南法定代理人後見人金哲一本人〔以下「金哲一本人」という。〕尋問の結果、弁論の全趣旨)。
6 相続関係
原告らはいずれも髙末南の子であり、同人の相続人は原告ら六名のみである。
三 主要な争点
損害額
第三争点に対する判断
一 損害額
原告ら及び被告の主張する損害額は別表各主張額欄記載のとおりであるが、当裁判所は、以下のとおり、別表認容額欄記載の金額を損害として認める。
1 吉田病院及び神戸リハビリテーシヨン病院の治療費等
甲第一一号証の一、二、第一二号証、乙第一号証の一、三ないし五、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、治療費等として、吉田病院において七六八万四四三〇円、神戸リハビリテーシヨン病院において八〇三万一一〇〇円をそれぞれ要したことが認められ、弁論の全趣旨によると、右各金額は本件事故と相当因果関係のある支出であることが認められるから、治療費等合計は一五七一万五五三〇円となる。
2 サラモーレにおける入院費等
(一) 前記争いのない事実、甲第一ないし第四号証、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、髙末南は、本件事故当初の全失語症及び右上下肢半身麻痺に左上下肢麻痺が加わつて、自力運動や食事、さらには意思疎通もできなくなり、準植物人間状態であつたこと、右症状は脳の損傷が原因であるため、回復を期待できない状態であつたことがそれぞれ認められ、右事情を考慮すると、同人には、死亡時に至るまでの全期間を通じて介護施設への入所及び全面的な介助等が必要であつたと認められる。
この点、被告は、サラモーレは高級老人ホームであり、髙末南はサラモーレにおいて何ら治療を受けていなかつたから、自宅で職業付添人の介護を受けることと差異はなく、サラモーレ入院、個室使用とも必要でなかつた旨主張する。
しかし、前記の症状等と、吉田病院医師福森豊和が髙末南の障害について障害が高度で常に監視介助または個室隔離が必要と診断していること(甲第一号証)を併せ考えると、介護施設への入所及び個室使用の必要性を否定することはできないというべきである。
そして、サラモーレが、専門的かつ高度な治療は行えず、老人介護を主目的とした施設であり、現在の介護水準を超えた豊かな生活環境の整備をめざしていることから(乙第二号証、弁論の全趣旨)、被告主張のようにいわゆる高級老人ホームとしての面があることも否定できないが、結果として、サラモーレへの入院期間は約二年八ケ月にとどまつたことを勘案すると、髙末南死亡時までの全期間の入院費等を被告に負担させるのが相当である。
(二) 甲第九号証、第一〇号証、乙第一号証の三ないし八、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、サラモーレの入院期間中、入院費用等として合計二一三三万四三一四円を要したことが認められ、弁論の全趣旨によると、右金額は本件事故と相当因果関係のある支出であることが認められる。
3 付添看護費用
(一) 髙末南の入院状況は前記のとおりであるところ、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、髙末南は、右入院期間中、付添看護を受けていたことが認められ、前記の症状、年齢等から、同人は、右入院期間中、付添看護を要する状態にあつたというべきである。
(二) 乙第一号証の一ないし八、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、平成七年七月までの付添看護費用として、家政婦吉田美智子に対し四〇八万〇八六〇円、長田家政婦紹介所に対し八九万四〇〇三円、家政婦中田春子に対し九六二万六九二四円の支払をそれぞれ要したことが認められる。
また、甲第一五ないし第一七号証の各一ないし三、第一八、第一九号証の各一ないし四によると、付添看護費用として、同年八月一日から同年一二月三一日までに、家政婦広田つた子に対し一八四万八六九九円の支払を要したことが認められる。
弁論の全趣旨によると、右各金額は、本件事故と相当因果関係のある付添看護費用であることが認められるから、付添看護費用合計は一六四五万〇四八六円となる。
4 入院雑費
前記髙末南の症状等によると、入院雑費として、一日あたり一二〇〇円を認めるのが相当であるから、一四五一日間で一七四万一二〇〇円となる。
5 貸布団代
原告らは、平成七年一〇月吉田病院入院中に貸布団代五六〇〇円の支払を要した旨主張するが、前記付添看護費用及び入院雑費とは別個に貸布団代を必要とする特段の事情につき主張立証がないので、本件事故による損害としては認められない。
6 転院交通費
甲第一三号証、乙第一号証の一、三、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、転院等の移動を民間救急サービス及びタクシーに委託し、合計四九万四〇九六円を要したことが認められ、前記髙末南の症状等によると、右金額は本件事故と相当因果関係のある支出であることが認められる。
7 休業損害及び逸失利益
(一) 前記争いのない事実、甲第一ないし第四号証、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、髙末南が前示のとおりの症状ないし状態であつて、その症状固定の時期を判断することは困難であつたこと、平成四年六月五日に同人を診察した吉田病院医師福森豊和が、同五年九月三日付けで、具体的日時は特定していないものの、症状は固定していると判断する旨の診断書を作成したことがそれぞれ認められるほか、髙末南が、本件事故によりその労働能力のすべてを喪失したことが優に認められる。
ところで、通常は、被害者に生じる損害は、症状固定日の前後によつて、休業による現実の収入減である休業損害と、労働能力の低下の程度、収入の変化等の不利益の可能性等を考慮して算定される後遺障害逸失利益とに区別される。
しかし、本件のように、重篤な症状にほとんど変化がなく、完全に労働能力を喪失した状態につき、長期間の治療によつても変化の見込みがないような事案においては、医学的な症状の変化の余地という観点から定められる症状固定日の前後で損害の位置づけを区別するべきではなく、労働能力を喪失したことにより生じた損害を一括して算出することが合理的かつ相当であつて、症状固定日を論じる意味はないというべきである。
そして、具体的には、右損害を一括して中間利息を控除し、事故当時の現価を求めた上で、これに遅延損害金を付するのが相当である。
(二) 甲第三号証、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故当時六六歳の髙末南は、ゴム靴工場において、出来高払制で靴底の貼り工として稼働していたことが認められるが、出来高払制の収入には不確定要素が多く、本件全証拠によつても、同人の収入額を確定することは困難というほかない。
かかる場合、賃金センサスの平均賃金によつて収入を算定するのが相当と解されるところ、平成四年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・六五歳~に記載された年額は二七九万八五〇〇円であり、右年齢及び職種を考えると、同人は、本件事故に遭わなければ、少なくとも平均余命の二分の一である九年間は右年額程度の収入があつたものと推認される。
ただし、前示のとおり、同人は準植物人間状態で、寝たきりの入院生活を余儀なくされたものであるから、本件事故がなければ支出を免れなかつた生活費が不要になつたものとして、その四割を控除すべきであり、年別の新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の休業損害及び逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると、次の計算式のとおり一二二二万〇八二五円(円未満切捨て)となる。
2,798,500×1.00×7.2782×0.6=12,220,825
8 慰藉料
本件事故の態様、髙末南の受傷内容、治療経過、同人の年齢、性別、家族関係等の諸事情を考慮すると、同人が被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、入通院分及び後遺障害・死亡分併せて二六〇〇万円が相当である(後遺障害・死亡分は二二〇〇万円)。
9 葬儀費用
甲第二一号証の一、二、弁論の全趣旨によると、原告らは髙末南の葬儀を営み、相当の費用を支出したことが認められるところ、同人の年齢、家庭環境等を総合考慮して、本件事故と相当因果関係のある同人の葬儀費用として一二〇万円を認める。
10 小計
1から9の小計は九五一五万六四五一円となる。
二 損益相殺
髙末南らに対し、本件事故に関し、合計六三七〇万四六九八円が支払われたことは当事者間に争いがないところ、右金員のうち五〇万円は、被告自身が本件事故から約一ケ月後の平成四年二月一〇日ころ持参したものであつて(乙第一号証の一、金哲一本人尋問の結果、弁論の全趣旨)、社会通念に照らし、加害者から被害者に提供される儀礼上の出捐であるというべきであるから、前記損害を填補する性質を有するとは認められない。
したがつて、六三二〇万四六九八円が填補されたものとして髙末南の損害額から控除すると、残額は三一九五万一七五三円となる。
三 相続
弁論の全趣旨によると、髙末南は、大韓民国の国籍を有し、わが法例二六条により、被相続人たる同人についての相続の準拠法となる大韓民国民法一〇〇〇条一項一号に基づき、同人の子である原告らは、同人の共同相続人として、各六分の一ずつの相続分により財産相続をなすことになるから、原告らが被告に請求できる金額は、各五三二万五二九二円(円未満切捨て)である。
四 弁護士費用
原告らが本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を考慮すると、被告が本件事故による損害として負担すべき弁護士費用は、各原告につき五〇万円と認めるのが相当である。
第四結論
以上の次第で、原告らの本訴請求は、それぞれ被告に対し、五八二万五二九二円及びこれに対する本件事故の日である平成四年一月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、その余は失当であるからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 横田勝年 永吉孝夫 湯川克彦)
別表